数字で見る経営学

弁護士こそが千三屋(せんみつや)


皆さんは千三屋という言葉を御存知だろうか。

私がはじめて知ったのは22歳の時の司法研修所の「民事裁判」教官から聞いた言葉だった。

司法研修所の科目はあと刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護とかいう普通ではない科目が並ぶ。それぞれ白表紙と言われる教材用印刷裁判記録が事例研究で配られ、それに対して判決等を起案する。

当時不動産ブームの頃であったので不動産仲介手数料請求事件が素材であり、仲介業者が仲介手数料を請求しているという不動産業者にとっては身につまされる事案である。

民事裁判の教官はもちろん裁判官でその世界ではエリート中のエリートである。この地位に就かずに裁判所中枢に入ることができるかという職だと思ってもよい。
その方が、何か物件を紹介した程度で具体的な商業記録としての仲介活動日誌や具体的な資料がなければそう簡単に仲介手数料が認められるということはないと言うのだ。


何も心配しなくて世話してくれる業者も多いが、この業界は千三つ屋といって千の案件に三つも成約が出来れば大成功と言われている、と説明する。

まあ結果的にはややいい加減な業界としての評価であった。

 

そうか、不動産業界というのは千三つというのか、と若い修習生である私は思った。
もっとも弁護士の世界も三百とか三百代言といわれていた。

明治11年に初めて我が業界が出来たときは代言人といい、明治26年に法律が改正されて弁護士という名前になった。代言人のころ何でも300文で仕事をした人たちがいたことを蔑視されて300代言と言われたらしい。
千三つといわれるのと余り変わりはない。

 

さてその民事教官の話を聞いて弁護士は千三つ屋などではないなあと思った。
その頃は生意気にも弁護士は偉いと思っていたのだ。


しかしその後、弁護士であろうと医者であろうと、学校の先生であろうと、職業としてはまじめに人のために業務をしている限り全く違いはない。
職業に貴賎はないし、我が業界は特別だと思ったらその人は全く顧客から振り返られることのないじり貧の職業人になって行くであろう。


この心境にたどりついたのも20年ほど弁護士をしてからである。私はそれまでは生意気な弁護士だと思われていただろう。

 

さて、その千三つであるが、かなりたってから弁護士こそ千三つではないかと気がついた。
毎日毎日名刺を配ってもいったい何人の人が来所してくれるのか。
名刺交換会で1000枚配って3人が来たらいい方であろう。
当たり前だ、1000枚配ってそうそう殺人事件が発生したら日本の国家はおしまいである。
弁護士が毎日毎日必要なわけがないのである。

ある頃からそのように達観して毎日毎日機会があれば名刺を配るようにしている。

 

事業承継制度というのがある。
政府が事業廃止があまりにも多いので制度的に相続しやすいようにしてくれて、それなりに悪くはないのだがこれで顧客が来るかと言えば余り来ない。

その制度の私たちの内部の勉強会でその道のプロ弁護士が吐いた述懐がある。


「私はこうしてこの制度の普及をするために日本全国講演をしているが、その際、みんな名刺をもらいに来る。でも相談に来るのは1000人に3人もいない。」


弁護士こそが千三つだったのだ。


しかしそれが悪いわけではない。
努力して3000枚配れば10人の客が来るかもしれないのだ。

要はたゆまぬ努力である。

私が10年以上前に中国総領事館の職員に渡した似顔絵入りの名刺は印象深くて、彼が総領事で来たときにおぼえていますよと叫んだのには驚いた。


覚えているというのは名刺をである。

 

 

投稿者プロフィール

田中 彰寿
田中 彰寿
弁護士法人 田中彰寿法律事務所 代表。